おこぼれ画

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2016/03/16 Wed
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2015/12/20 Sun
私はこたつブタになりたい。
Kotatsu Buta

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2015/09/06 Sun
ブームなので、2020年東京オリンピックのエンブレムを私も考えてみました。

TokyoOlympic2020EmblemIdea1.png

扇にしたのは、源平合戦の屋島の戦い、那須与一のイメージ。

源平の合戦中、那須与一が的を射抜く時だけは、
両陣営が一瞬戦いを止めて見守り、
見事、成功すると、源平両陣営が、純粋に与一の腕前を褒め称えた、
という、平家物語のあのくだり。

オリンピックにふさわしいですよね?

国やイデオロギーを超えて、
純粋に競技の腕前を競い、優れた競技者を褒め称える。
実際に、古代ギリシャでも、オリンピックの間は休戦した、という。
屋島の合戦のあの場面に似ているかと。

扇のデザインは、日の丸で日本の国を表し、
金地で、華やか、厳かなイメージ、また金メダルもイメージしました。
1964年のエンブレムも、文字が金色でしたので、
過去の繋がりやリスペクトも表現できているかと。
(佐野さんのエンブレムもそんな説明がされていましたね)

まぁ、何より、
金と赤って、日本だと、おめでたい感じがありますよね。

扇に矢とかを描いてしまうと、なんかチープなデザインになりそうで、
やめました。

その代り、勢いを出したくて、
2020の文字と、オリンピックのロゴを敢えて、右肩上がりで、
動きがあるように配置してみました。

2020のゼロを日の丸に見立てて、扇のデザインとも、
関連を持たせてみました。

また、エンブレムやロゴのデザインというのは、
単に綺麗というよりも、
1. 白黒でも印象が変わらない
2.小さくしてもデザインが潰れない
3.印刷上の問題でグラデーションとかは、使わない
といったことが大切だ、なんて、書いている方もいらっしゃったので、
そのあたりも配慮したデザインにしたつもりです。

個人的には、背景を紺色とかにしたものも、
締まるし、好きなのですが。
TokyoOlympic2020EmblemIdea2.png

まぁ、背景を紺色、というのは無いんだろうなぁ。使いにくくなるし、
先ほどの白黒問題もありますしね。


パラリンピックのエンブレムも作りました。
TokyoParalympic2020EmblemIdea1

こちらは、パラリンピックのイメージカラーを、
水色と設定して、オリンピックのエンブレムから変更を加えました。

水色にしたのは、空や海のイメージ、
地球全体で共通なもの、平等なもののイメージです。

こちらも本当は背景を紺にしたい気もしますが。


既に似たデザインがあったらすみません。
一応、上述の通り、しっかり自分の頭で考えましたが、
扇のデザインを使っている人は既に他にもいましたし、
見る人によっては、これもパクリと言われてしまうのかもしれません。


オリンピックは、国で開催するものではなく、
都市が開催するものですので、
本来なら、”日本”をイメージしたものよりも、
”東京”をイメージしたものにすべきなのでしょうが、
これ、結構難しいですよね。。。

私は、東京といえば、桜が凄いな、桜は自慢できるな、
と思っているのですが、デザインとしては、
桜をモチーフにしている方が非常に多いので、私はやめました。

東京都のシンボルマークは、イチョウですが、
なんか、イチョウで東京を表現するのも、
イチョウでオリンピックを表現するのも、
しっくり来ないような気がして辞めました。

今回のオリンピックって、どういうオリンピックなんだろう?
そのメッセージを伝えるものにしよう、とも思ったのですが、
結局良く分からず。。。これではいけないですよね。

お・も・て・な・し、なのか?とも思いましたが、
おもてなしを、オリンピックのエンブレムで表現する、というのも、
なんか、スポーツとずれたものになりそうで、やめました。

ということで、那須与一の扇が結局私の中で最後まで残りました。
でも、東京か?というと、本当は違いますかね。

まぁ、扇って、外国の人から見れば、
日本的なイメージをしやすいものではあると思いますので、
そういう意味では、外国からも分かりやすいエンブレムかな、とは思います。
那須与一は、知らない人が多いでしょうけど、
それもエンブレムの意味を外国人に話す時の、ネタに使えて良いのでは。


さて、今度は誰のどのデザインになるのでしょうね。
楽しみです。

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2015/07/16 Thu
安保_シンプルな質問_20150716_2


安倍総理は、国民の理解が進まない、国民の理解力が無いせいにされておりますが。

ひとまず。

シンプルに、この問題だけ、国民に納得のいく説明をされてはどうですか?

論理的な説明でないと、理解できないので、論理的にお願いします。

Q1. なぜ、与党が憲法解釈を変えられるの?


国民も、国民投票で憲法改正されるなら、十分に納得しますが。
なぜ、一総理の考えで解釈が変わってしまうの?

自民党でも、第一次安倍内閣が倒れた後、
これを進めようとした総理はいなかったのですが。

国際情勢に合わせて、と言いますが、
日本の集団的自衛権を喜んでいるのは、アメリカだけですよね?

安倍総理にとっては、アメリカの言われるがままに、
戦争に行けるようにすることが、国際情勢への対応ですか?

他の普通の国は、寧ろ、日本を警戒しますよね?
アメリカが戦争する、と言ったら、
一緒に日本も戦争に付いてくるだろうと思うでしょうしね。

国際情勢に対応するなら、アメリカが戦争する、といった時に、
日本は同盟国として、むしろアメリカの戦争を止めたり、
仲裁に入ったりすることが求められているのではないでしょうか?

それでこそ、日本だと思いますが。


Q2. なぜ、集団なの?

なぜ、個別自衛権では駄目で、集団的自衛権が必要なのでしょう??

この説明が全く分かりませんね。
隣の家の火事だとか、喧嘩に強い麻生君とか、いろいろ例も出てましたが、
的外れですよね。

抑止力、とか言いますが、なぜ、集団的自衛権が抑止力なのでしょうか?

アメリカの戦争に、日本が付いていくと、
なぜ日本に対する攻撃の抑止力になるのでしょうか?
アメリカの戦争なら、日本は、下手に参加しない方が、恨み買わずにすみますよね?
アメリカにくっついて戦争したら、
むしろ、日本も戦争相手として、標的になるわけですから、
むしろ、攻撃される理由を与えるわけですが。

どうみても、抑止力どころか逆効果ですよね。

他国にとって、日本への攻撃に対する抑止力になるのは、
あくまで、日本を攻めた時に、どうなるのか?
ということであって、それは、個別自衛権の問題ですよね。

(日本がどこまで自国の軍備を増強するのか、
あるいは、どこまでアメリカに守ってもらうのか、もらえるのか、
それはまた別の議論でするとして。)

日本が、他国の戦争に自ら参加できることは、
日本への攻撃の抑止力には繋がりませんよね?

論理が破たんしております。


どうしてそこまで、むちゃくちゃなものを、強引に通したいのでしょうねぇ、
当然、その先にあるもの、安倍総理の頭の中を、よーく見極めましょう。

引退した、元自民党議員の方々は、安倍総理を批判しておりますが、
引退しないと、与党にいる限り、何も言えないんでしょうねぇ。
与党の議員の方々は、国民の理解が進まない、同意を得られていないものを、
国民の声の代弁者たる代議士として、自分の考えを殺して、賛成してしまうことに、
良心の呵責はないのでしょうか?
それで、国民に選ばれた責任を果たしているのでしょうか?


こんな総理を選んでしまう国民(直接選んだわけではないけど)。
こんな総理の時に、選挙に勝てない、これまた国民に支持されない野党の方々。
野党共闘もできない。

こんな時に何ができるか、と考えると、
まぁ、せめて、画像でも作るか、と思いました。
一人でも、共感者が出てくだされば。

(2015/7/16 集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案について衆議院通過した日に。)
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